岐阜県垂井町 ONLINE COLLECTION
作る人のお話
左官アート koteto
中嶋 いづみさん

漆喰と藍の「左官アート」を通して
地元の自然素材の魅力を世界に発信

柔らかな漆喰の白地に、藍色が時に重厚に、時に清々しく様々な表情を見せる。日本古来の壁材である漆喰を、鏝(こて)で板版に塗りつけるという技法でつくられた「左官アート」の作品だ。中嶋いづみさんは、2015年に漆喰と出会って以来、その独特の風合いに惹かれ、鏝を手にDIY活動やワークショップを開始。地元の大垣石灰を知ってもらおうと、アート作品としても発信をはじめた。

漆喰の魅力をアートで伝える
「koteto」プロジェクトを始動

柔らかく溶かれた漆喰を鏝(こて)ですくい上げると、板版にすーっと伸ばしていく。漆喰を塗り重ねて下地を作り、半乾きの状態で藍と麻を混ぜて塗り重ねる。慣れた手付きはまさに職人のそれだが、生まれてくるのは、見る人によって印象が異なる不思議な「左官アート」だ。海や雪山など自然を想像する人もいれば、安心感や哀しみなど心の有り様を重ねる人もいる。

「自分ではアート作品を創るというより、自然素材である漆喰や藍の感覚を味わって、それらが生み出す表現を助けているつもりでいます。だから、見る人によって、自然の現象や心の内面を表現したように感じてるのかもしれません。人も自然の一部ですからね。そんなふうに言ったら、ある方に『それが、アートなんだよ』と言われて、すっと腑に落ちた感がありました。

しかし、満足のいく表現ができるようになってきたのはここ最近のこと。漆喰に普通に藍を混ぜて塗っても、色が上手く出ない。試行錯誤を繰り返してようやく見出した、藍で麻を染めて漆喰になじませていく方法は、伝統的な藍の手法から着想を得た中嶋さん独自のものだ。

藍の発色は、アルカリ度、酸化の早さ、温度や湿度、漆喰と麻と藍の配合比など、さまざまな要因により、色の濃さや質感はその時々で異なります。だから、漆喰の反応を見ながら描き足して、コントロールというより、生まれてきたものを活かすようにしています。漆喰の中で藍が黄色から緑、青と変化する様子は本当に面白いですよ。5分である程度色が落ち着くこともあれば、半年後には大きく変わっていることもあります。思いがけない変化もあり、まだまだ試行錯誤の連続です。

まるで生き物と接するかのように、漆喰の面白さについて語る中嶋さん。その相棒であり、重要な道具が「鏝」である。実は、中嶋さんは2015年から鏝を片手に、ワークショップやDIYなどで漆喰の魅力を紹介する活動を行い、2020年より左官屋として仕事を受けている。アート作品はその延長で、より身近に漆喰の良さを感じてもらうための取り組みだという。

垂井町の創業支援アカデミーに参加したことがきっかけで、本格的に作品づくりと事業化に取り組むことになりました。話をきいてもらううちに自分がやりたいことのコンセプトが明らかになり、2022年から左官アート「koteto(鏝と)」と名付けて活動をはじめたんです。

その1年後には、大垣や垂井で展覧会「藍波」〜Exhibitonのはじまり〜を開催し、2024年3月にも池田町で予定されている。新聞などのメディアに「地産地消アート」と紹介され、オーダーやコラボレーションの依頼が増えたという。

天然石の仕事から、
”好き”の連鎖が今につながる

現在はアーティストとして活動する中嶋さんだが、8年ほど前は漆喰ともアートとも、全く無関係な美容サロンの仕事に携わっていた。目の前にあったやるべき課題に取り組み、達成した後には、「やるべきこと」がなくなってしまったという。ふと縁のあった天然石の仕事を始めてみたところ、学ぶ事は多く、中嶋さんの自然物に対する「好き」という気持ちや、自然物を扱う「楽しさ」が育っていった。

「ある時期は、外国や東京のものを地元に持って来る事業を考えていたのですが、自然物や手仕事が好きだったので、2011年にはご縁のあった天然石を販売する仕事を始めてみました。やってみると学ぶことが多くあって、天然石をアクセサリーにする素材としての麻に興味を持ちましたし、地元で開催されていた講演会や体験会では、漆喰に麻が入っていることを知りました。それが漆喰との出会いで、2015年のことでした。

さらに漆喰の原料である石灰が、子どもの頃から眺めていた金生山で採れていたことを知る。地元の人でも知る人が少ない中で、中嶋さんは古い雑誌やインターネットで調べ続け、大垣の石灰で作られた漆喰が日本各地の建造物に使われており、その高い技術を学びに人が集まっていたことを知った。

山がどんどん削られていくのは、心が痛い光景でした。でも、大垣石灰の歴史を知って感謝の気持ちへと変わり、「私も漆喰をやりたい」と考えるようになったんです。それで自宅近くの納屋を改装して、左官を学ぶために職業訓練校に通い、職人として就職もしました。職人として壁を塗る時と、アート作品をつくる時とでは感覚の違いがあって、壁を塗るときには、いかに佐官を崩すかと考えながら行なっています。

そして、藍との出会いもまた偶然だったという。友人から「育てすぎたから何かに使えないか」と大量の藍の葉を持ち込まれ、漆喰に使ってみようと考えた。しかし、漆喰の白に埋もれてぼんやりとしか色を出すことができない。ベテラン職人からも「湿式工法では不可能」と言われたこともある。それがかえって中嶋さんの「やってみたい」に火をつけた。藍染の体験会で灰汁で発酵させて染液をつくる「灰汁建て」に触れて藍の魅力に取りつかれ、染色の知恵を漆喰に取り入れた。色粉を混ぜて色を出すのが当たり前とされてきた左官の世界では発想もつかないイノベーションといえるだろう。

人間の感覚って無限だなと思います。情報や計算も大事だけど、感性で「これやってみようかな」と動くと思いもかけないことが返ってくる。考えてみれば、私も自分で”好きだから”と選んだ天然石の仕事から、「いいなあ」「やってみたいな」と思って素直に動いたことで、いろんな出会いや可能性が生まれてきました。なんでも創造していくことは楽しいですし、個展に来てくださった方々から受けた色んな感想が自分のモチベーションになっていることは確かです。そうした気持ちや感覚を大切にしながら、これからも作品づくりに向き合っていきたいです。

垂井から世界へ、
日本の良さを発信したい

中嶋さんにとって、作品は「現在」を切り取ったものであり、手を離れて”1枚の絵”として独立する時、旅立ちを見送る親のような気持ちになるという。作品は見る人のものになり、受け取り方も感じることもその人の自由だ。アートは観る人が作品や思いに惹かれて、はじめて販売につながるものだという。

人と自然、自然のものや手仕事が好きで、大垣石灰を使った漆喰の魅力をみんなに知ってもらいたいと思い、表現の試し塗りとしてはじめたものがアートという形になりました。正直言えば、自分が好きなものを人に勧めるのは気恥ずかしさもあり、衣食住に必要なものに比べれば、アートは必ずしも必要なものではないかもしれません。でも、「いいな」という感性は人に欠かせないものであり、感性を刺激するアートは心の拠り所にもなると思います。漆喰や藍の色合い、風合いを「いいな」と思って眺めてもらえればうれしいですね。

今後は、より自分で「いいな」と思える作品をつくり続けると同時に、発信にも力を入れていく。海外への発信も視野にいれつつも、まずは、大垣で実際に作品に触れてもらえるギャラリーを準備中だ。

SNSでの発信をはじめたところ、海外の方からの反応がいいことに驚いています。日本人にとって馴染み深い漆喰や麻、藍などで描かれたアートが海を超えて、日本の良さが伝わることを想像するとワクワクします。そして、私自身ももっと腕を上げて、大きな作品に挑戦したいし、大壁にも描いてみたいと思っています。

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