岐阜県垂井町 ONLINE COLLECTION
作る人のお話
合資会社ノーストーン代表取締役、株式会社Janest代表取締役
北村 康行さん

垂井町の「困りごと」を解消し、
誰もが生き生きと暮らせる町に

実業家として様々な事業に取り組む北村さん。妻が難病になったことを機に、社会の中の「困り事」の多さに気がつくようになり、障がいある人の自立や生活の支援、買い物弱者対策などの社会事業にも取り組むようになったという。「やりたいこと、気づいたことをどんどん形にしていくのが楽しい。障がいの有無に関係なく、誰もが幸せを感じられる町にしたい」と意気込む。

妻の病気をきっかけに、
社会福祉が「自分ごと」に

北村さんは、学生時代のアルバイトをきっかけにコンビニ経営に関心を持ち、約10年間の店長職務を経て2009年に32歳で独立。現在はローソンの公式オーナーとして垂井町を中心に10店舗を経営。その傍らで海外での農業事業も展開するなど、まさに精力的な起業家だが、もう1つの顔が社会福祉事業家だ。買い物に出られない人のためにローソンの移動販売サービスを開始し、2021年より障害者デイサービス施設を開設、宅配ピザチェーン店「ピザハット マックスバリュ垂井店」でも障害のある人の就業機会を提供している。

営利とか非営利とか、あまり明確な線引きはしていません。もちろん、全体を事業として成り立たせて、持続していく必要があるので、マイナスになるのは困ります。でも、その中で誰かが求めていること、社会に必要だけど足りていないことについて、自分ができることをできる範囲でやる。それで地域のみんなが少しずつ幸せになれば、自分も周りの人も幸せになれると考えています。

今後、少子高齢化が進み、どのような業界においても深刻な人手不足は明らか。この現実に対応していくためには、一人ひとりができること、できる方法で活躍していくことが求められる。だからこそ福祉の世界も、もっと多くの人が関われる場となることが望ましい。北村さんが目指すのはそうした「共生社会」だという。

実は、妻が病気になるまでは、私も福祉について特に意識したことはありませんでした。車椅子も町の中ではそう見ることはなかったし、実際、先進国の中で、日本は障がいのある人の社会参画が最も少ないと言われています。だから、妻と一緒に車椅子で出かけるようになって初めて、町のバリアフリーが進んでいないこと、障がい者が楽しみながら通える場や仕事場が少ないことにも気づきました。でも行政任せではそう簡単に実現しない。それなら自分で少しずつ作っていこうと思ったんです。

社会福祉事業を通して、
共生社会が実現できることを実感

そんな北村さんが大垣市に立ち上げたのは、ヨガやボクササイズなどの運動療法を取り入れた、障がい者向けのデイサービス施設「ワーカウト」。運動スペースだけでなく、入浴介助設備付きのお風呂や、トレーニング後に使える酸素ボックスなども完備しており、利用者さんにとっては体力づくりのほか、ワークスペースで作業をしたり、のんびりスタッフと話したり、マイペースで楽しく「通える場」だ。

障がいがあると引きこもりになって、運動不足になりがち。ここでは体を動かしながら、みんなと交流することで心や頭の運動もできる。利用者さんの表情が明るくなったし、家族の方にも『自分の時間が持てるようになって心に余裕が生まれた』といわれます。

ふと壁をみると、壁にはカラフルでユーモラスなイラスト。地元在住の若手アーティストJoさんの作品だ。重度の発達障がいがありながら、様々な展覧会で何度も入選し、その作品は大手企業の商品やパッケージにも採用されている。

彼の絵は自由にあふれていて、何度元気をもらったかわかりません。それでここにも壁画を描いてもらいました。誰だって彼のように才能や好きなことで生きていきたいと思うのは自然なこと。障がいがある人も社会とつながって能力を発揮できれば、誰かを支えることができるはずなんです。だから、私の事業も誰かと地域や社会をつなぐことを常に意識しています。

その言葉通り、ローソンでは買い物弱者支援のために移動販売を実施。さらに想像以上に買い物に出られない人が多いことを知り、「ピザハット」では障がいのある人の雇用に加え、登録した人にピンポイントでモノを届けるデリバリーサービスも開始した。

このあたりはデリバリーが普及していない地域が広く、そもそも高齢者にネット注文は難しい。そこで送料を取らずにピンポイントでモノを届ける方法を探していたら、ピザハットさんだけ了解してくださったんです。お店側では障がいのある人の就労も少しずつ進みつつあり、普段は助けが必要な人でも、活躍の場さえあれば困った誰かを見守ったり助けたりできることを実感しました。そうした実績を積み重ねていきたいと思っています。

障がい者雇用の場を作り、
地域へと広げていく

移動販売車やデリバリー事業を通じて高齢者との交流が生まれ、そこで新たな課題と感じているのが「耕作放棄地」だ。後継者不足であっても、代々受け継いできた農作地を手放せない。荒れ果てた農地は景観が損ねられるだけでなく、自然界への悪影響も懸念される。そこでそうした土地を借り、「農福連携」による事業化を進めているという。

「障がいのある人の一般雇用は1000人に1人程度、最低賃金レベルで10%です。ほとんどが生計をたてられず、一生を施設で過ごしますが、誰かのサポートがあれば自立できる人はもっといるはず。農業も就業先の1つとして有望であり、同時に耕作放棄地問題も解決できる。もちろん簡単なことではありませんが、挑戦する価値はあると思っています」

他にもデイサービスで按摩師の資格を持った障がい者を雇用したり、按摩師が移動販売車に乗ってマッサージに行くサービスをつくったり、移動販売車を使った買い物のロール・プレイングを養護学校の子どもたちに体験させたり……、障がいを持つ人の就業について北村さんのアイデアは尽きない。むろんメイン事業であるコンビニストアでもトレーニングや雇用につなげていきたいという。

「手を広げ過ぎと言われそうですが、少子高齢化が進む中では遅いくらいですよ。ただ障がいのある人や高齢者を対象とする社会福祉領域は変化が苦手で、新しいことを始めるまでに時間がかかります。だから、事業をやっている人間が切り拓いて、試して、うまくいったら委ねればいいと考えるようになりました。デイサービスなど軌道に乗ってきた事業については、今後は担い手を見つけ、どう引き継ぐかが課題です」

次々と地域の課題を見つけ、それを解決するための方法を考え、実践しながら試していく。その先を見据えたスピード感は、まだに敏腕実業家といえるだろう。しかし、地域を見つめるまなざしはやさしく、周りにはたくさんの笑顔が溢れる。何足ものわらじを履きながら、誰もが生き生きと暮らせる垂井町を目指して北村さんの取り組みは続いていく。

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