岐阜県垂井町 ONLINE COLLECTION
作る人のお話
春日養蜂場
春日 住夫さん

南北の草木が交わる垂井町で
季節ごとの「マンスリーハニー」を生産

豊かな自然が広がる垂井町で、75年以上に渡って定住型養蜂に取り組む春日養蜂場。市場には1種類の花から集める単花蜜(たんかみつ)が多い中、様々な草木の花から集める百花蜜(ひゃっかみつ)を生産している。その時々に咲く様々な花から蜜を集めるため、春日養蜂場のはちみつは、季節によって色や香り、味わいも様々。環境の変化を肌に感じながらも、一期一会のはちみつをつくり続けている。

ミツバチの生態に寄り添い、
定住型養蜂に取り組む

木々が生い茂る中、ミツバチの巣箱に近づくと、ブンブンという小さな羽音が聞こえてくる。巣箱の入り口には何匹かが忙しく出入りしており、こちらの様子を伺っているようだ。

今日は晴れているし、気温も高すぎないので機嫌が良いですね。春に活動をはじめた直後や、雨で外出できない日が続いた時などは、機嫌が悪くて攻撃的になるんですよ。

まるで子どもを愛おしむかのように、みつばちの様子を語る春日さん。ひょいひょいとまとわりつくミツバチをかわしながら、素手で巣箱の点検をしている様子は、まさにベテランそのもの。先代から養蜂場を引き継ぎ、現在は三代目となる息子さんたちとともに事業に携わっている。

実は、若い頃は養蜂の仕事に興味が持てず、アウトドア関係の仕事をしながら漫然と手伝う程度でした。父が亡くなって本格的に引き継いだものの、「ハチがいなくなる」という大失敗を2年続けて、初めて勉強不足を反省しました。それが40歳のときで、ゼロからハチの生態を独学で勉強し、ようやく養蜂家として独り立ちできるようになりました。現在は、はちみつだけで300群のミツバチを見ています。1群あたり多いと5万匹くらいなので、1,200万匹以上はいますね。

はちみつは、ミツバチたちが集めた花の蜜をミツバチが加工してつくられる自然の産物。その恵みをより豊かに得るためには、働き蜂が多く生まれ、元気に活動することが大切だ。つまり、ミツバチの生態に合わせて、快適に元気に過ごせる環境を用意すればよい。しかし、そのためのほどよい距離感が難しいという。

もともとミツバチは、人間が手伝わなくても自然界で十分自立できる「野生動物」なんです。なので、基本的には簡単に巣箱を見て回るだけで、特に世話はしません。何か問題があったときにだけ、少しだけ手を貸すというスタンスで、ミツバチに着くダニ駆除を8月末くらいに行なう程度。大抵のトラブルは人為的なミスで、気づいていないことがほとんど。できるだけ自然に任せたほうがいい。ただ、そう思えるようになってきたのは、ごく最近のことですね。

多彩な花が咲く
垂井の季節を映す「百花蜜」

日本の養蜂は、花が咲く場所に合わせて移動していく移動型が多く、1種類の花の蜜でできる単花蜜(たんかみつ)が主流。しかし、春日養蜂場では定住型養蜂を行なっており、ほぼ1年を通じて垂井町に生息する草木の花からはちみつを採取している。それができるのも、日本の中でも特に植物の種類が多い垂井独特の地域性によるものだ。

町の西には北の植物が多い伊吹山、南の鈴鹿山脈には南の植物が見られます。垂井は二系統の植生が交わる自然豊かな地域なんですね。さらに山々に標高差があるので、同じ植物でも花が咲く時期が違う。常に花が咲いているので、その時々でミツバチが採ってくる蜜が違うんです。それで4月の「春桜蜜」に始まり、レンゲが多めであっさりとした「春の里山蜜」、ソヨゴやモチノキなどハーブのような香りのする「初夏の里山蜜」というように、月ごとと言っていいほど様々な味わいの蜜になります。年によっても咲く花が違うので味が違うんですよ。

唯一垂井町で花がなくなる冬の間だけは、温暖で梅の生産が多い和歌山県の梅農家にみちばちを貸し出し、授粉のお手伝いをさせている。梅の蜜だけでは量が少なく、商品化まではできないまでも、早めに活動させることで働き蜂が増え、春の到来とともにはちみつを採ることができる。4月の「春桜蜜」もそのおかげだ。逆に、秋は11月くらいまで花は咲いているものの、夏至を過ぎると働き蜂の数が減るため、負担をかけないよう、はちみつは取らずに冬越しの準備をするという。

冬越しして春分の日にハチがどれくらいいるかが目安で、2万匹いれば群が成り立ちます。ハチは「超個体」といって女王蜂や雄蜂、働き蜂が役割を分担して群を成り立たせることで生きています。一定数が必要なので、足りない場合は他の群から足して調整するんです。それさえできれば、自分たちで何でも解決していきます。たとえば、夏は巣の中の温度が適温の35度を超えると水を運んで翅で風を送ったり、逆に冬は体を寄せ合って細かく羽ばたきをして温めあっています。

現在春日養蜂場にいるのは、セイヨウミツバチのイタリア種とスロベニア種、そして日本在来種のニホンミツバチの3種類。蜜量の多いセイヨウミツバチをメインに、わずかながらトウヨウミツバチのはちみつも生産し、「幻のはちみつ」として販売している。

ニホンミツバチは黒っぽくてやや小さめ、採れるはちみつも非常に少ないので貴重です。でも、体が小さいおかげでセイヨウミツバチが入れない花の蜜も集めてくるので、また一種独特の風味になるんです。まさに幻ではありますが、機会があったら味わってみてほしいと思います。

今ある自然をそのまま味わえる
“本物のはちみつ”

豊かな花々が咲く垂井地域ゆえに、種類も量も比較的採れるというが、それができるようになったのも、春日さんの代から。ある意味、偶然のめぐり合わせの賜物だという。

垂井は中仙道が走り、薪を取るために山に木が少なく養蜂には向かない土地でした。ただ田んぼが多かったので、先代が鹿児島からレンゲ蜜を採りに来ていました。それが体調を崩してこの土地に定住するようになり、ローヤルゼリー専業で定住型養蜂をはじめました。その間、薪を取らなくなった山には雑木が増え、様々な花が咲くようになり、私の代で百花蜜を採れるようになったわけです。全国的にもちょっと珍しい地域といえるでしょう。

しかし、その環境も変化していくもの。本来ならば、蜜源植物と呼ばれる木々は40〜50年ほどで枯れ、次世代へと入れ替わる。しかし、全国的にも問題になっている鹿被害のために、必ずしも上手く世代交代が進んでいないというのだ。また、世界規模の異常気象の影響は大きく、特に2022年は4月の低温や初夏の長雨などために、10年に一度とも思える不作だったという。

それでもミツバチは何らかの蜜を探し出して生き抜こうとします。私たちはその生きる力を信じて見守るしかない。このまま地球温暖化が進んだら、将来、どんな花が咲いてくれるのか、私たちにはわかりません。ですから、今ある自然から生まれた今年のはちみつは、まさに今年だけの一期一会といえるでしょう。単一的な工業製品のようなはちみつが多い中で、自然をそのまま味わえるものはそう多くありません。ぜひ、季節や垂井という土地を感じながら、食べ比べてみてほしいですね。

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